東京高等裁判所 昭和43年(行ケ)90号 判決
一 本件に関する特許庁における手続の経緯、本願考案の要旨および本件審決理由の要点として原告らの主張する事実は、いずれも当事者間に争いがない。
二 そこで、本願明細書の記載が、本件審決理由の挙示する三点において、実用新案法五条三項所定の要件を欠いているか否かを順次検討する。
(1) 成立に争いのない甲第二、三号証、第六号証および第九号証によれば、本願明細書中三頁八行ないし一〇行に「コイル12と14とによつて互に逆方向の磁束が発生するからチヨーク11の漏洩磁束も減少」する旨の記載があるが、明細書を通読すれば、この記載は本願考案における平常動作時のチヨーク11の状態を説明したにすぎないものであり、したがつて、この記載を根拠としてスイツチ投入により衝撃電流が発生した場合におけるコイル14の漏洩磁束にもとづくインダクタンスが非常に小さいと速断すべきものではないことを認めることができる。
一方、当事者間に争いのない前記本願考案の要旨に徴すれば、その構成上、補助コイル14がその導線抵抗、鉄心の漏洩磁束にもとづくインダクタンスおよびコイル12に接続された回路を含む総合インピーダンスを呈し、流入する電流を制限する作用を営むことは、当然の事理といわなければならない。そして、成立に争いのない甲第一三号証、第一四号証によると、本願考案の実験装置において、従来装置のものより小型のチヨーク鉄心を用い、これに本願考案の補助コイル14に相当する補助コイルを設けた場合、その補助コイルの呈する総合インピーダンスによつて、電源スイツチを投入した瞬間に流れる衝撃電流が整流器の許容値以下に制限され、したがつて、衝撃電流防止用の抵抗等を必要としないものとなることを認めることができる。
そこで、本願考案の構成上補助コイル14の営むべき前記作用と上記実験結果とを総合して考えると、本件審決の指摘する明細書二頁一六行ないし一九行の「電源スイツチ8を投入した瞬間に流入する衝撃電流は巻線14の導線抵抗、鉄心の漏洩磁束にもとづくインダクタンスおよび巻線12に接続された回路を含む巻線14の総合インピーダンスに制限され、整流器3あるいは5の許容値以下に保たれる」旨の記載は正当であり,したがつて、本願考案においては、「衝撃電流防止用の抵抗等を除去し得る」効果を期待できるものと認めるのが相当である。
以上によれば、本件審決は、(1)の点に関し、認定の根拠を誤り、ひいては、本願考案の衝撃電流制限作用についての構成および効果に関する認定判断を誤つたものといわざるをえない。
(2) 本件審決は、本願考案においては主コイル12と補助コイル14とは全く巻回数を異にするものでなければならないが、この点について明細書に具体的記載がないので、脈動軽減のための不可欠の事項を欠如しているというが、誤りである。すなわち、前掲甲第二、三号証、第六号証、第九号証によれば、本願考案において「負荷電圧は電源周波数と同一の周波数をもつて脈動するが、コイル14には電源周波数の交流が流れてこの電流によりコイル12に上述の脈動を相殺するような極性の電圧が発生するから、負荷電圧の脈動を軽減することができる」のは、補助コイル14が主コイル12と変成器を形成しており(明細書二頁一二行ないし一四行)、補助コイル14に流れる電流によつて主コイル12に発生する電圧が負荷電流のリツプルと逆極性になるように接続している(明細書二頁一四行ないし一六行)ためであることを認めることができる。そして、補助コイル14と主コイル12とがこのように構成接続されている場合に、補助コイル14の巻数をn、電流をIとし、主コイル12の巻数をN、電流(リツプル)をiとすれば、nI=iNとするとき、したがつて、nをI分のiNとするときに、iを、ひいては負荷電圧の脈動を完全に相殺して零となしうることは、その構成接続上当然の事理である。また、このiは、その通過を阻止することを目的とするチヨークの主コイル12を通るものであるから、本来小さいものであることが明らかであり、一方、前記甲第二号証によれば、Iは、定常動作時も相当大きい電流であることを認めることができる(一頁一九行ないし二〇行)。
以上を総合すれば、本願考案において、補助コイル14の巻数は主コイル12の巻数に比し相当小となるであろうことは容易に推測しうるところであり、かつ、補助コイル14の巻数と主コイル12の巻数とは、目的とする負荷電圧の脈動軽減の程度に応じて容易に実験的に定めうるものと認めるのが相当である。したがつて、補助コイル14と主コイル12の巻数を具体的に限定記載する心要はないものといわざるをえず、本件審決の前記認定判断は誤りといわなければならない。
(3) チヨークの鉄心断面積を小さくして、動作時にこれが飽和状態に近づくようにすれば、当然主コイルのインピーダンスは低下して負荷電圧の脈動軽減作用も低下することは、本件審決の指摘するとおりである。しかし、チヨーク鉄心が飽和状態に達するわけでない以上、前記(2)で判示した補助コイル14の脈動軽減作用が弱くなるとしてもなお残存することは、否定しえないところである。そして、本願考案において、従来装置のものに比し鉄心を小型化したものについても安全抵抗を必要としないものであることは、さきに判示したとおりであるから、本願考案のものが、鉄心が飽和状態に近づく場合においても、その程度の如何はともかく、従来装置のものに比し、小型化し、価格を低減しうる可能性を有することを全く否定し去ることは相当でないといわなければならない。したがつて、本願考案が明細書記載のような効果を奏するものとは認められないとして、実用新案法五条三項の規定を根拠にその登録を拒絶すべきものとした本件審決の判断は、いずれにせよ誤りであるといわざるをえない。
三 以上のとおりであるから、実用新案法五条三項の規定に基づいて本願考案の登録を拒絶すべきものとした本件審決の認定判断はすべて誤りであつて、これを違法として取消を求める原告らの本訴請求は理由がある。
よつて、原告らの請求を認容する。
一 特許庁における手続の経緯
原告らは、昭和三六年七月二九日、名称を「整流装置」とする考案について実用新案登録出願をしたが、昭和三九年二月二日拒絶査定を受けたので、同年三月三〇日審判の請求をし、同年審判第一、五三六号事件として審理されたところ、昭和四三年五月九日「本件審判の請求は成り立たない」との審決があり、その謄本は同年六月一七日原告らに送達された。
二 本願考案の要旨
平滑回路のチヨーク11に主コイル12と補助コイル14とを設けて主コイル12を負荷7と直列接続し、補助コイル14をこのコイルに流れる電流によつて主コイル12に発生する電圧が負荷電圧の脈動を相殺するような極性をもつて交流電源端子1、2間に整流器およびコンデンサーと直列に主続した整流装置。(別紙図面参照)
三 本件審決理由の要点
本願考案の要旨は前項記載のとおりである。しかし、本願考案の明細書に記載した考案の詳細な説明の項には、当該技術分野における通常の知識を有する者が容易に実施をすることができる程度に、本願考案の目的、構成および効果の記載がないものと認める。その理由は次のとおりである。
(1) 昭和三九年一月四日付補正書によつて補正された本願明細書の二頁一六行ないし一八行には、「電源スイツチ8を投入した瞬間に流入する衝撃電流は巻線14の導線抵抗、鉄心の漏洩磁束にもとづくインダクタンスおよび巻線12に接続された回路を含む巻線14の総合インピーダンスに制限され」と記載されているが、明細書三頁八行ないし一〇行に「コイル12と14とによつて互に逆方向の磁束が発生するからチヨーク11の漏洩磁束も減少して」とある記載によれば、チヨーク11の漏洩磁束は減少するように構成されているので、その漏洩磁束にもとづくインダクタンスは非常に小さいものと認められ、従来装置図として示された第一図の安全抵抗9に相当する作用を奏するものとは認められないので、明細書四頁一行ないし二行に記載のある、「衝撃電流防止用の抵抗等を除去し得る」という効果を奏することを期待できないものといわざるをえない。
(2) 明細書二頁二〇行ないし三頁四行には、「負荷電圧は電源周波数と同一の周波数をもつて脈動するが、コイル14には電源周波数の交流が流れてこの電流によりコイル12に上述の脈動を相殺するような極性の電圧が発生するから、負荷電圧の脈動を軽減することができる。」と記載されている。しかし、審判請求人(原告ら)の提出した参考資料(甲第一〇号証)に記載されたチヨークコイルでは、主コイルとして一、二五〇回巻かれたものを使用し、補助コイルとして三〇~六〇回巻かれたものを使用しており、このように両コイルは全く巻回数の相違するものを使用しない限り脈動を軽減できないものと認められる。しかるに、明細書にはこの点についての記載がないので、脈動を軽減するための欠くべからざる事項を欠如しているものと認めざるをえない。
(3) 昭和三九年一月四日付補正書により補正された昭和三六年八月二一日付補正書二頁八行ないし一二行には、「鉄心が飽和状態に近づいて、そのインピーダンスが低下する。このためスイツチを投入した瞬間は整流器に流れる電流を充分小さくし、しかも平常動作時は出力電圧の低下を可及的に小さくすることができる。」と記載されているが、鉄心が飽和状態に近づけば当然主コイルのインピーダンスは低下して、負荷電圧の脈動を軽減する効果が弱くなり、したがつて、明細書三頁六行ないし八行に記載されたように、「コイル12上に更にコイル14を施すことによる重量の増大を完全に補償して、綜合的に小型化し得る」程度にチヨーク11の容量を減少できるものとは認められず、これを要するに、従来の平滑回路に比してその容量や大きさ等を増大することなく、機器の価格も低減するものとは認められない。
以上の理由により、本願考案の明細書の記載は実用新案法五条三項の要件をみたしていないものと認められるから、その登録は拒絶すべきものである。
四 本件審決を取消すべき事由
本件審決は、本願考案の明細書中の考案の詳細な説明の記載が三点において実用新案法五条三項所定の要件をみたしていないというが、いずれも誤りである。
(1) 本願明細書中、本件審決の指摘する三頁八行ないし一〇行の記載は、漏洩磁束の減少により周辺の機器に対する誘導雑音を防止しうる効果を説明したものであつて、装置の平常動作時における磁束状態のことである。したがつて、平常動作時の磁束状態とスイツチの投入により衝撃電流が発生した場合の説明とを混同して、平常動作時に磁束の漏洩がないから、異常大電流に対しても漏洩磁束によるインダクタンスは非常に小さいとして、「衝撃電流防止用の抵抗等を除去しうる」という効果を奏することは期待しえないとした本件審決の判断は誤りである。磁心に巻回したコイルに流れる電流が小さいときは磁束が飽和しないから漏洩磁束は生じないが、異常大電流が流れると飽和して漏洩磁束を生ずることは、明白な技術常識であり、本願考案において、スイツチ投入時の異常大電流はコンデンサー4、6の充電電流であるから、コイル14のみに流れ、これによつて漏洩磁束が生ずることは明らかであるといわなければならい。
(2) 本件審決は、本願明細書にコイルの巻回数についての記載がないから、脈動軽減のため不可欠の要件を欠くものであるというが、これも誤りである。すなわち、本願考案において、
コイル12とコイル14とが変成器を形成していることは、明細書添付の図面上明白なことであり、明細書二頁一二行ないし一四行にも「コイル12、14は鉄心を介して結合するから変成器を形成している」旨明記してある。したがつて、コイル12の巻数をN、電流の脈動分をi、コイル14の巻数をn、電流をIとすると、iを完全に相殺するに必要なnがI分のiNで求められることは、変成器の原理上明らかである。ただ、この計算はコイルの巻数の目安をつけるための略算であるから、実際の設計に際しては、この略算を基礎にして実験的に最良の条件を求めればよいわけである。したがつて、コイルの巻数は、要求される平滑度、鉄心の大きさ、コンデンサーの容量、衝撃電流抑制の作用等に基づいて設計的に定められるべきものといわざるをえず、これを具体的に記載しなければ脈動軽減のため必要な事項を欠くものとした本件審決の判断は誤りというほかない。
(3) 本件審決の指摘する第三点も誤りである。すなわち、チヨークの鉄心断面積を小さくして飽和状態に近づけることにより、同時に脈動軽減の効果も弱くなるが、全く消滅してしまうわけではなく、脈動軽減作用の低下はコイル14の巻数の増加によつて容易に補償しうることである。また、コイル14によりチヨークの外形が増大するといつても、それは極めてわずかなものであり、しかも従来の装置のように別に安全抵抗を必要としないものである。したがつて、本願考案の整流装置にあつては、明細書三頁六行ないし八行に記載してあるように、「コイル12上に更にコイル14を施すことによる重量の増大を完全に補償して、むしろ綜合的に小型化し得る」とともに、所要部品の減少により、価格も低減するものであつて、その間に何らの矛盾もない。
以上のとおり、本件審決の指摘する三点はいずれも誤りであり、したがつて、これらを根拠に本願明細書の記載が実用新案法五条三項所定の要件を欠くものと判断し、本願を拒絶すべきものとした本件審決は、違法として取消されるべきものである。
別紙図面